宇宙の法則と仏法7字(8)
にゃんこ先生です
宇宙7つの法則の最後だね・・
法則7は、極性の法則だよ
仏法7文字では、”両極を経る”を意味する「経」だニャー
極性の法則の”極性”とは、両極端のこと
「光と闇」「善と悪」「好きと嫌い」「勝ちと負け」「右と左」「正と誤」「統合と分断」「冷静と情熱」「苦と楽」「ポジティブとネガティブ」・・
極性の法則は、”どちらか一方だけでは存在しない”という法則
どちらか一方がなくなると、とたんに比較する相手がいなくなっちゃうよね
そうなると、もう一方は、意味を失うよね
光は闇があるから見えるし、闇があるから光が見える
善は悪があるから善になれるし、悪は善があるから悪になれる
あと、この2つは”程度”や”レベル”が違うだけで、同じ世界、同じステージ上の出来事
一見、正反対だから、別々の世界に見えるかもしれないけど、両極端は繋がってるんだ
端から端まで行き尽くすと、振り出しに戻る、1周回って元に戻る、循環してるんだね
徹夜で寝不足なのにハイになる、苦行を続けてるとトランス状態になる、とか
「嫌よ嫌よも好きなうち」とか「愛情が憎悪に変わる」とか、さっきまでは真逆の反対側にいたのにね・・
同じ感じで、「ネガティブな事が考えようによってはポジティブに変わる」とか、「毒を持って薬となす」ということが言える
そうなるのは、心が「極性のステージ」に上がってるからだよ
「好き嫌いのステージ」、「評価のステージ」「勝ち負けのステージ」「自慢と嫉妬のステージ」
そのステージに上がらなければ、好きでもないし嫌いでもない・興味ない・意識に入らない・見えない・存在しない、となる
「天才とバカ」や「独裁者と人格者」は表裏一体、などと言うね
水は、状態・程度の違いで、霧になったり氷になったりする、”同じ水”なのに・・
究極に悟ると、自我がなくなるというから、「自分と他人」という正反対も、「ひとつ」に感じてくるかもね
ちなみに、宇宙にはこういう両極や比較、善悪の概念はないよ
「中庸」という真ん中の一番バランスの取れた、ほぼ7.8Hzの状態しかない
「妙」の世界(意識の法則)で説明したけど、
みんなの本質・正体は「善でもないし悪でもない」「善でもあるし悪でもある」「どっちもあるし、どっちもない」という
名前を付けるなら「ドッチモちゃん」って名の”生命・魂”だからね
更に突き詰めると、「ある」と「ない」も、どちらか一方だけでは成立しないね
だから、宇宙(心)の究極は、「あるけどないもの」っていう矛盾した説明になっちゃう・・
人間の物理的概念では説明できないんだニャ
どうしてこの世には、こんな両極があるのかニャ? どちて、どちて~?
それは、学びのため、魂・生命の修行のためだニャ
宇宙も生き物だから、自分の分身である個々の魂に修行させて立派になって宇宙へ戻ってきてもらいたいんだ
修行とはいえ、人間はまるで、シーソーやメトロノームのように、両方の間を行ったり来たり、なんだか振り回されてるようだニャ
時に人間は、リッチになりたくて稼ごうとしてるのに貧乏になったり、愛を与えてるのに「拒絶」「裏切り」「憎悪」されたり、平和の秩序を保とうとしてるのに「分断の争い」になったり、目指してることとは真逆の方向に行ってしまうことがあるね
これはなぜかというと、「どちらか片方しか知らない、経験がない」と、本当の事は分らず、真の答えを得られないから
自分宇宙/自分仏は、この「両極を知らない自分」「極端な側にいる偏った自分」にムチ打って、あえて反対側の世界を見せたり、経験させたりして、学ばせている
その敢えて見せられている反対側のコトから学んだり、自分の「偏り」に気づかないと、なかなか抜けだせない・・
人間、人生のどん底まで来ると、意外に「もう、どうでもいいや、どうにでもなれ!」と、開き直る時があるよね
昔の武士は、敵に追い詰められた時、腹を決めて「もう煮るなり焼くなり好きにしろ!」ってなる
この「開き直り」ってやつは、ある意味「道を開く」に通じるものがあるニャ
「気づき」への第一歩でもあるよ
その世界の極限、淵に立たされた時、「あ~もうや~めた」となって、すっと肩の力が抜けて、そのステージを降りると、一気に楽になる リセットされる
そのステージとは、自分宇宙劇場のステージだ
今まで自分で勝手にそのステージを作り上げて、あたしゃ何を戦ってたんだ?オレは何を演じていたんだ?と気づく
それに気づいた人は、「いい人仮面をかぶる自分」「偽善(or偽悪)だった自分」「世間を恨んだり怖がったりする自分」などから卒業するニャ
みんな「いい人」を目指すのは素晴らしいのだけど、無理しすぎて「偽善」になってしまうと、自分の命のバランスが偏り始めるよ
「十界互具」だから、仏界にも十界が備わってる
だれも100%完璧な聖人などにはなれないの、なれたらそれはロボットだニャ
宇宙仏は、ブッダの人生を良い例にして、みんなに教えてるよ
ブッダは、王家の出身で何不自由なく暮らしてたけど、お金持ちが「退屈」に思えてきたんだ
そこで王宮を飛び出して、貧乏な生活をしてみたけど、やっぱりそこにも答えはなく、最終的に真ん中の「中道」を学び、そこから悟りを得た
ブッダは悟りを得るために、様々な経験を「経て」勉強したんだね
意識は地球大・宇宙大に広げて、知識もバランスよく得ることが大切だね
好きな事、心地いい事、おいしい事だけだと、本当の幸せは分からないんだニャ
仏法7文字の 「経」 は、”両極を経る”ということ
経済の経は、金持ちと貧乏を経る
経営の経は、黒字と赤字を経る
経験の経は、両方の体験を経る
物事の一面だけでなく、もう片方も見て、”全体”に目を向ける事で、開けてくる
「悪や貧乏はどうしてなくならないのだろう」という疑問を持つ事は、悟りへの軌道へ進んだ段階のひとつだよ
今世で経験を積んで、社会のために働いたりと、良いカルマを作ることで、生命は一気にバージョンアップするけど、この世で法華経を説いて人々を救おうとすると、邪魔をしようとする「魔が競い起こる」んだニャ
勧善懲悪のドラマのパターンだね
この宇宙の「魔」という働きは、物理学で言えば「反作用」のことで、「摩擦力」「遠心力」「空気抵抗」「重力G」のようなもの
魔の反作用は、自分自身の心に”悪魔のささやき”や”メンドクサイ病”として登場する、煩悩の魔だね
時には、家族や上司などの他人に憑りつき、自分の一番弱い部分、克服するべき部分を攻めてくる
宇宙生命はバランスを保とうとするから、善の行動には、悪の作用が働くし、何かを得れば、何かを失う
両極の振り幅・ギャップが大きければ、その分だけ反動は大きくなる
汗水働いた後のビールが格別に美味しいのは、両極端の差・ギャップ・反動が激しいから
忙しい時ほど休日がありがたい、病気の時ほど健康が幸せ、外出自粛があったからお出掛けが楽しいと実感するよね
仏法の「苦しんだ人ほど幸せになれる」とは、こういうシステムだ
法則5の「原因と結果の法則」でも言ったけど、題目で悪いカルマが出たりするのも、善に対する反作用かもしれないニャ
でも、この「魔の反作用」が出た時が、人間革命のチャンスなんだ
この「魔」を利用し、踏み台にして乗り越えると、一気に魂がバージョンアップするんだ
普通に平和な時だと、なかなか人間革命のスイッチが入らないよね・・
人間の社会で、「SNSで炎上」とか「国と国の緊張関係」とか、
誰かが何かをすると、必ず批判や圧力が掛けられるのは、この法則が働くからだね
悪いことしたら、正義の批判、いい事自慢したら、嫉妬の批判・・
人間は、評価が欲しいから、他人のコメントを気にして、ステージ上で闘い続けるのかニャ?
みんな周波数が違うのだから、そこから評価をもらう事は、あまり意味がないね
評価してほしかったら、自分宇宙がするニャ
仏法の追求する「絶対的幸福」は、こういった両極の世界での「比較の幸せ」や「他人軸での評価」ではないよ
この世に蔓延する「評価ステージ」や「勝ち負けの土俵」には、始めから上がらない
そんな次元のステージにわざわざ上がらなくても、周波数の違う人に認めてもらわなくても、自分宇宙の心のベースに、いつも穏やかな幸福感が流れていれば、それで十分満足だニャ
自分の心の宇宙にある、何者にも侵されない究極の楽園が、「絶対的幸福」
この「絶対的幸福」が、人類に行き渡る時、地球がどこもかしこも「7.8ヘルツの楽園」になるよ!
と、いうわけで、宇宙の法則と仏法7字をまとめると、こうだニャ
1. 南:リズムの法則
2. 無:波動の法則
3. 妙:精神・意識の法則
4. 法:投影の法則
5. 蓮:原因・結果の法則
6. 華:両性の法則
7. 経:極性の法則
宇宙の法則と仏法7字とは、「自分」のことだよ
「宇宙の法則」という側面から見れば、この法則の下に、みんなが平等に守られていてバランスが保たれていると言える
「仏法7字」という側面から見れば、みんなの正体、肉体も「南無妙法蓮華経」だと言える
この7字は、体の7つの部分とも対応してるよ、インドのヨガのチャクラってやつだけど、それは又、次回に説明するね
結局、自分も他人もみ~んな、コレなんだ、 コレなんだけど、周波数が違うから個人に分離してるんだニャ
肉体が死んで、宇宙に溶け込む時は、み~んな、コレなんだ
「コレ」の言い方や呼び方は色々あるけど、結局み~んな「たったひとつ」に集約されんるんだよ
「帰一」という言い方もするよ
だから、宗教間、民族間、国家間、異星間、での、揉め事なんて、コレを知ったら無意味なんだニャ
ま、ある程度ケンカして成長もあるのだけど・・
コレがみんなの正体だニャ!
自分宇宙
ひとつ・ONENESS(ワンネス)
心・意識・精神・真我
南無妙法蓮華経
十界(地獄界~仏界)*法華経が他と違うのは、愛だけが宇宙ではなく愛をも含む十界が宇宙だと説く
仏性・自分仏
ご本尊
宇宙の法則
波動・ヒモ
両極含んだ上の中庸
調和・バランス